教授が語る大人の音楽

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イエス「危機」

Yes「Close to the Edge」

このジャケットは、イエス(なんてポジティブなバンド名!)というプログレのバンドが1972年に発表した最高傑作「危機」"Close to the Edge"である。

このジャケットは一見地味だが、彼らのアルバムの多くは、ロジャー・ディーンによって描かれている。以前ピンク・フロイドのときに紹介したヒプノシスと並ぶロック・アルバムの世界で有名なジャケット・アーティストである。このアルバムも、LPのときには、2つ折りの内側に、曲のイメージにピッタリな「崖」のイラストが描かれていた。

イエスの「危機」は、日本のプログレファンのサイトで、アルバム人気投票1位を獲得したアルバムである。つまり、日本のファンの間では、「クリムゾン・キングの宮殿」、ピンク・フロイドの「狂気」よりも人気がある。プログレの真髄を味わいたいと思うならば、まっさきに聴くべきはこのアルバムである。プログレのすべてがパッケージされていると言ってもいい。

イエスのヴォーカルは、ジョン・アンダーソン。グレッグ・レイクの後釜でキング・クリムゾンのヴォーカルを担当するという話もあったという逸材で、実際、クリムゾンの「リザード」というアルバムでタイトル曲を熱唱している。曲のコンセプト、歌詞・作曲においても中心的な役割を果たしている。

ギターがスティーヴ・ハウ。聴いてもらえばわかるが、天才ギタリスト。複雑なパッセージを難なくこなす。ベースは、クリス・スクワイア。私は、イエスのサウンドの鍵のひとつは、彼のベースサウンドにあると思う。スペイシーな音空間を作りつつ、サウンドにうねりを持たせる。しかも、タイム感覚は正確無比。

そして、ドラムスは、いわずと知れたビル・ブラッフォード。イエスのキャリアをスタート地点として、キング・クリムゾンの第2期・第3期の黄金期を支え、UKなどの中心メンバーに。超絶的なテクニックがよく指摘されるが、それよりも、他のメンバーのプレイを支える力がすごい。

そして、キーボードがリック・ウェイクマン。ストローブスというフォークバンドに籍を置いていたが、彼のキーボード=イエスのサウンドだと言ってしまおう。イエスのサウンドは、プログレバンドの中では一番クラシック色が薄いが、彼の教会のパイプオルガンのようなサウンドとアンダーソンの訳のわからない抽象的な歌詞が「プログレ」を成立させている。ウェイクマンは、おそらく相当なわがままで、イエスをやめたり復帰したりを繰り返す。イエスのアルバムの中で、彼が参加したアルバムは、無条件にOK。参加していないアルバムは、要警戒。

つまりは、オールスターキャスト。5人の天才プレーヤーが我を張らずに曲の完成に向けて、収斂していく。完璧なコーラスワーク。乱れを見せないアンサンブル。タイトル曲"Close to the Edge"は、19分近くかかる大曲だが、このあと発表されたライブアルバム「イエス・ソングス」で、完全生演奏している。しかも、演奏時間もほぼ同じ。

聴きどころは、なんと言ってもタイトル曲。LP時代には、この曲でA面全部を占めていた。長い曲だが、まったく飽きない。組曲になっており、1つのモチーフを維持しながら、めまぐるしく曲が展開する。別の曲として作曲されたメロディーを、詞によって共通性をもたせつつつなぎ合わせ、ひとつの曲としての統一性を保っている。

この方法論で有名なのは、ビートルズの「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」のラストを飾る"A Day In the Life"。これも、ポール・マッカートニーが作った中間部分を、ジョン・レノンが作った曲でサンドイッチしたもの。そして、最後に衝撃のピアノクラスター。

"Close to the Edge"のめくるめく展開に翻弄させていると、最後にとてつもない感動が待っている。どんどん盛り上がっていき、"I Get Up, I Get Down"というフレーズで迎えるフィナーレ。そう。フィナーレというのにふさわしいエンディングを迎える。ヘッドホンで大音量で聴いていて、この部分で、まったく感動できない人がいるとしたら、音楽的な感性が自分には欠けている思って、音楽を人生の糧にするのはあきらめた方がいい。

次の収録されている"You and I"も、"Siberian Khatru"も、プログレらしい名曲。これほどまでに完璧な内容をもち、退屈な部分がないプログレのアルバムは、そうない。このアルバムでイエスの魅力にはまったら「こわれもの」と「究極」は、聴いて欲しい。めくるめく感動が待っている。

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Elmore James「Sky Is Cryig」

今日は、エルモア・ジェームズというブルースマンを取り上げる。このアルバムは、Rhinoという初心者も通も納得の選曲で有名なレーベルから出ているベストアルバムである。

エルモア・ジェームズは、若い頃、ここでも取りあげた幻のブルースマン、ロバート・ジョンソンと出会い、彼の後について演奏を続けていた(サニー・ボーイとは違って本当の話)。このアルバムの1曲目、"Dust My Broom"は、彼の代表曲で、ここで聞こえてくるハーブは、サニー・ボーイのもの。

この曲。ロバート・ジョンソンにも同じ曲があるが、どちらが真の作曲者かは不明。ロバートの曲をエルモアが引き継いだという説が有力だが、真偽のほどはわからない。言えることは、ロバートのそばにいながら、ほとんど彼の影響を受けておらず、別のサウンドを作っていることである。

彼のブルースを特徴づけているのは、ボトルネックギター。つまりは、スライド・ギター。フレットを押さえるのではなく、スライドバーを弦の上でスライドさせて音を出す。それが瓶のクビの部分だったので、ボトルネック奏法という。現在われわれが聴いているブルースのひとつのルーツであるデルタブルースでは、サン・ハウスなど、この奏法の名手が多い。

エルモアのボトルネック奏法は、聴いてもらえばわかるが、音がキュンキュンと飛んでいく感じ。それと普通に指で押さえる奏法を組み合わせて、カッコいいサウンドを作っている。私が愛するオールマン・ブラザース・バンドのデュアン・オールマン(かの「いとしのレイラ」で必殺のスライドを披露しクラプトンを圧倒している)は、薬瓶を使ってスライドギターを弾いているが、絶対にエルモアの影響を受けている。

彼のもう一つの発明は、"Dust My Broom"で使用されて以降、彼自身様々な曲で繰り返し使っている三連符のリズムパターン。これがカッコよく、ロック畑の人たちがリフを作る時に、ちょっと拝借することが多い。

ただ、私がエルモア・ジェームズのブルースを聴くのは、彼の「殺気」に触れたいからである。ブルースマンに限らず、クラシックの世界にもロックの世界にも、相当ヤバいミュージシャンはいる。しかし、麻薬をやっていてラリラリで狂っているというのでも、ニルヴァーナのカート・コベインやニック・ドレイクのように、神経が繊細すぎて痛々しいというでもない。

エルモアの声=シャウトを聴くと味わえるのは発狂寸前の人間の怖さ。眼の前に目の据わったガッチリした体格の黒人。「これまで何人も人を殺してきました」という面持ちで、なぜかこっちをにらんで立っている。その彼が、いきなり両手を天井に向けて雄たけびを上げたかと思うと、襲いかかってくるという感じ。(全然怖くないか…)

このアルバムに収録されている"Sky is Crying", "I Need You","Something Inside Me"。どれも声がナイフのように尖っている。人間の声のような気がしない。鋭い剃刀のような声。

このボーカルスタイルは、ブルースマン以外にも、アニマルズのエリック・バートンや、ゼムで歌っていた頃のヴァン・モリソン、アメリカにわたってナヨナヨする前のロッド・スチュアートに、計り知れない影響を及ぼしている。しかし、オリジナルのエルモアを聴いてしまうと、彼らのボーカルは、みなライオンのまねを人間がしているようにしか聞こえない。

彼のボーカルには優しさのカケラもなく、曲も"Shake Your Moneymaker"である(何の事だか深く考えてはいけない)。でも、B・B・キングとは別の世界。息もできないような緊張の世界に時々浸りたくなるときがある。

夜の新幹線。ほとんど灯りの見えない景色を車窓から眺めながら、エルモア・ジェームズの叫びが闇に吸い込まれていくのを聴くのもオツなものである。

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イーゴ・ポゴレリチ「展覧会の絵」

Pogorelicch「Pictures at an Exhibition」

ジャケットは、ユーゴスラビア出身の天才ピアニスト、イーヴォ・ポゴレリチである。写真をよく見ると少し雰囲気が伝わると思うが(おいおい、ジャケットに写るのにTシャツかよ)、これまで取り上げてきた他のピアニスト同様、彼も筋金入りの「変人」である。

彼が有名になったのは、1980年のショパンコンクール。予選からとても個性的な演奏を繰り広げ、観衆からは盛大な拍手を受けるが、審査員たちの受けは悪く3次選考で見事落選。その結果に怒り狂った審査員のひとりマルタ・アルゲリッチは、「彼は天才よ!」という言葉を残して席を立ったという。

プロピアニストの登竜門として名高いショパンコンクールで落選したものの、このエピソードをきっかけにして、レコードレーベルのナンバーワンといっていい「グラモフォン」と契約。変な演奏を発信し続けることになる。

ポゴレリチの演奏のどこが個性的か? 彼は、ご多聞にもれず天才少年。小さい頃から、本国ユーゴスラビアで期待されていたピアニストだったが、13歳の頃、グレン・グールドのバッハ「イギリス組曲」を聴き、いたく感動というか天啓を受ける。多くのピアノ教授は、学生にグールドを聴くことを禁止しているそうだ。たしかに、グールドの魅力を知ると、常識的な審判員が納得する(つまらない)表現をすることでは飽き足らなくなってしまう。グールドの影響を受けたピアニストがコンクールに勝つことはできないだろう。

ポゴレリチの演奏の一番の特徴は、弱音の指定を無視して、時に強い打鍵で大きな音を出すことである。これは、作曲家を信頼していないことを意味する。グールドは、バッハが細かい指定をしておらず、演奏様式に関して、ヨーロッパで培われてきた方法や考え方に疑問を呈した。演奏家とその伝統を否定したわけだが、ある意味作曲家には忠実だったともいえる。ポゴレリチは作曲家も時には否定してしまうのである。

これが、聴いている側からすれば、本当にスリリングで刺激的な演奏となる。たとえば、このムソルグスキー作曲の「展覧会の絵」。オーソドックスなアシュケナージなどの演奏を聴いてきた耳には、「あれ?」「おおっ!」「うっそー」という表現が連発する。そして、聴いた後ぐったりする。それを楽しいと思えるか、イライラするかは人によると思うが、彼なりに曲全体の組み立てを考えており、リスナーに「これまで行ったことのない世界を見せてやろう」という意識が見え見えなのである。

その世界が素晴らしい。この「展覧会の絵」は、描写されている絵が精神的に不安定だという解釈で演奏されることはあるが、ポゴレリチの演奏は、絵を見ている人間の精神が、絵を1枚、また1枚と見ていくうちに追い込まれ、病んでいくプロセスを描く。最後の壮大な「キエフの大門」は、精神の解放をもたらすものではなく、深い深い谷底に落ち込んでいくといった感じである。

このアルバム以外には、ラヴェルの「夜のガスパール」、スクリャービンやリストのソナタも、そういう暗黒の世界が覗けて怖い。スカルラッティや、モーツァルト、ハイドンのソナタ集もよく聴く。これらも相当好き勝手に演奏しているが、弾むようなリズムと斬新な解釈で、雲の谷間から射す鋭い光を表現している印象。そして、得意のショパンでは「スケルツォ集」が絶品。このアルバムは、お固い『レコード芸術』誌でも評価が高く、たしか器楽部門でその年のナンバーワンレコードに推薦されていたと記憶している。見事に4つの世界を描き分ける。

逆に、バッハの「イギリス組曲」は、グールドの足元にも及ばない。彼は、ここでもバッハの演奏様式に挑戦している。通常、バッハの、特に器楽曲の魅力は、ポリフォニー、つまり2つ以上の旋律の流れと交錯にあるのだが、彼はモノフォニー、つまり単線旋律の曲のような処理をしようとする。勝手に好きな方のメロディを強調して演奏するのである。

グールドは、バッハの本質をよく理解して、それをピアノという楽器を用いて際立たせるために、あのようなポキポキとした演奏をした。けっしてバッハの魅力を削ぐようなことはなかったのだが、ポゴレリチは、陳腐なムード音楽にしてしまっている。たぶん、誰かから受けた批判が身に染みたのだろう。若い頃録音して以来、バッハの録音は控えている。

ポゴレリチは、11歳で単身モスクワに留学、16歳で名門チャイコフスキー記念モスクワ音楽院に進学、旧東側の最高峰でエリート教育を受ける。ところが、ここで反骨精神を発揮、教師の指導をまったく無視して、伝統に反抗した演奏を続ける(「のだめ」か?)。服装もぶっ飛んでいて、何度も退学の危機を経験したという。

そんなとき、アリス・ゲジェラッゼというピアノ教授・音楽学者に出会う。個人レッスンを受けていたが、何を思ったか、19歳のとき、14歳年上で人妻だった彼女に求婚する。結局、ふたりは、結婚。ポゴレリチ22歳。彼女こそが、彼にとって幸運の女神。常にポゴレリチに対して「大丈夫よ、間違っていないわ」と勇気を与え、変テコな演奏を支え続け、どうみても世渡りのうまいとは思えないポゴレリチの傍らで世間との折り合いも付けてきたのだろうと、勝手に想像する。

ところが、彼が38歳のとき、最愛の妻アリスをガンで失う。それは、彼にとって受け入れ難いショックだっただろう。以後演奏活動を控えるようになる。たびたび日本にも訪れて、悪魔的演奏をしているとも聞くが、少なくともCDでは、以前のような演奏は聴かれない。彼は、ベートーベンを尊敬しているという。いつかベートーベンのピアノソナタで、彼が創造する「別の世界」を覗いてみたいと思う。それがどんな世界であっても。

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私的ビートルズ論(2)

Beatles「With the Beatles」

これはビートルズのセカンドアルバム「ウィズ・ザ・ビートルズ」。私は、あるバンドが一流であるかどうかは、ファーストアルバムではなく、セカンドアルバムで判断することにしている。

ファーストアルバムは、おそらくデビュー前に書き溜めていた曲の中から選りすぐりを吐き出すようにして収録される。しかし、セカンドアルバムでは、それまでの蓄えではない。現在進行形でそのバンドの力が試されることになる。だから、真価が問われるのは、セカンドアルバム以降である。

イギリスでは、ファーストアルバムの「プリーズ・プリーズ・ミー」が1位を独走。これに代わって1位になったのが、この「ウィズ・ザ・ビートルズ」。チャート誌にもよるが、1963年5月(私が生まれた月)からほぼ1年にわたって1位を独占し続ける。

シングルでは、実は私もあまり評価していない「フロム・ミー・トゥ・ユー」が彼らのイギリスでの人気を確固たるものにしたといわれる。そのあと、「シー・ラヴズ・ユー」「抱きしめたい」とヒットを連発した。その頃、ビートルマニアと呼ばれる熱狂的なファンがイギリス全土で出現する。

この勢いでアメリカ進出を図ろうとするが、あろうことか本国のキャピトルレコートがアメリカ市場での売り出しを拒否、他のレーベルから発表したがプロモーションに失敗。知られていないが、実はビートルズもアメリカ進出において「大人の理由」で挫折しているのである。

1964年1月にアメリカで「抱きしめたい」を発表、これが大ヒットし、ようやく人気に火がつき始める。4月に初めて渡米。「エド・サリヴァン・ショー」というテレビ番組に出演したことをきっかけに爆発的な人気を得ることになる。同番組2回目の出演では、視聴率が70パーセントを超えたといわれるほど。4月4日には、アメリカのシングルチャートの1位から5位までを独占するという快挙!!

ここまでの流れを見ればわかるように、デビュー当時の彼らの人気は、イギリス・アメリカ、そしてそれ以外に国にも飛び火して行った「異常現象」だった。当時の映像はYouTubeでも視聴できるが、キャーキャー言っている女の子たちが、酸欠を起こし次々と失神していく。64年から66年までは、まさにブリティッシ・インヴェージョンの時代で、アルバムチャートは、ビートルズとストーンズでほぼ独占されていたのだ。

ここでの問い…なぜリヴァプールの田舎者集団にこんな異常現象が起こせたのか?

第1に、イギリス本国、アメリカに、ティーンエイジャーたちが熱狂できるバンドが少なかったことが挙げられる。アメリカでいえば、エルヴィス・プレスリーにビーチ・ボーイズくらい。当時のアメリカ音楽業界は、きわめて保守的で、パット・ブーンの「砂に書いたラブレター」といったムード歌謡のような曲や映画音楽がヒットチャートをにぎわせていた。若いファンが熱狂するような「新人」が生まれなかったのである。

第2に、彼らが4人のバンドだったということである。4人をひっくるめて好きだというファンももちろんいただろうが、女の子たちは、4人のメンバーの誰かに惹かれ、その名を喉が張り裂けんばかりに叫んでいた。4人もいれば、誰か好みのメンバーが見つかるのだ。

第3に、メディアミックス戦略である。長髪(マッシュルームカット)、襟なしのジャケットなど「スタイル」を作り上げ、テレビでルックスを売る。当時の音楽はラジオを通じてプロモートされたが、ビートルズは、新しいメディアであるテレビを使いビジュアルで広くアピールした。今では当然の戦略だが、それを初めて成功させたのがビートルズなのである。

第4に、「抱きしめたい」という曲の威力である。昔、私はこの曲を全く評価していなかった。手拍子が入っているからか、「抱きつきたい」というナヨっとしたタイトルからか、何か能天気な印象で、たいした曲ではないと思っていた。しかし、いろいろなロックミュージックを聴き込んできて、あらためてこの曲を「歴史軸」の中で捉えると、その凄みがわかる。すごく変わった曲の構成。Aメロは、ぜんぶ下降するメロディ…だと思ったら、いきなり「I wanna hold your haaa~nd」と叫びだす。実にワイルドな展開。ローリング・ストーン誌が歴代ロックの曲ベスト500で16位に推しているのもうなづける。

彼らの曲にはオリジナリティに加えて、アメリカンミュージック、特にブラックミュージックのカッコよさが備わっていた。黒人は、当然のようにその種の音楽をやっていたが、白人であるビートルズがそれに「近い」音楽を発信してくれたことで、白人コミュニティにおいて、わりと素直に受け入れられたのだと思う。

その当時の勢いがこの「ウィズ・ザ・ビートルズ」にはパッケージされている。驚くなかれ、アメリカの同じジャケットにしてファーストアルバムの「ミート・ザ・ビートルズ」の1曲目は、大ヒット曲の「抱きしめたい」から始まるが、イギリスでのこのセカンドアルバムには、全くヒット曲が収録されていないのである。

しかし、ここに収録されているオリジナル曲は、どれもシングルカットしたら、その時の勢いからして、チャートのトップに立っていたと思われる曲に占められているのである。

その典型がオープニングの「イット・ウォント・ビー・ロング」である。これは今の耳で聴くとパンクである。やけっぱちに近いエネルギー。このオープニングナンバーは、ストーンズの最高傑作と呼び声の高い「メインストリートのならず者」のオープニング「ロックス・オフ」と響き合っていると思う。

この曲、注意して聴けばわかるが、メロディが素直ではない。曲の展開も素直ではない。素直ではないのに、カッコよく聴こえるのがミソ。

3曲目が「オール・マイ・ラヴィング」。初期の傑作。切なくも素敵なメロディライン。それを支えるジョンのサイドギターのカッティング。

ローリング・ストーンズに進呈した「アイ・ウォナ・ビー・ユア・マン」をリンゴに歌わせたのは、ストーンズをバカにしたのではなくて、音楽的な理由であることは、曲を聴いてみればわかる。

また、カバー曲も秀逸。ミュージカルナンバーの「ティル・ゼア・ワズ・ユー」は、最近もポールがライブで歌うほどのお気に入りのミュージカルナンバー。「プリーズ・ミスター・ポストマン」に「ロール・オーバー・ベートーベン」に「マネー」。全部自分たちのものにしている。

一部例外もあるが、ビートルズの初期のアルバムでは、すでにオープニングとラストの曲を無造作に置くのではなく、計算して置いているのがわかる。中期に入る前の段階で、彼らはアルバムを作品として捉えていた節がある。





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ビル・エヴァンス「ワルツ・フォー・デビー」

Bill Evans「Waltz for Debby」

この幻想的なジャケットは、ビル・エヴァンスというジャズ・ピアニストが残した名盤「ワルツ・フォー・デビー」のもの。ジャズを聴きたいと思った人(特に女性)が、最初に手に取る可能性が最も高いアルバムと言われている。

ここには、ジャズピアノときいてイメージするすべての要素がある。ピアノの繊細な響き。明確なメロディー。ちょっとしたインタープレイなど。バーなどで、カクテルを片手に夜景を見ながら聴くにはもってこいの音楽。

この演奏は、ニューヨークの名門ジャズクラブ「ヴィレッジ・ヴァンガード」で録音された。たしかに、その場に居合わせた聴衆は、バックグラウンド・ミュージックとして、彼らの演奏を楽しんでいる。グラスがぶつかる音。談笑や笑い声も聞こえる。演奏が終わるとおざなりの拍手。とても行儀が悪い客。というか、これがジャズクラブの日常なのかもしれない。

でも、そのような条件のもと、ジャズ史に残る名盤。超人気ジャズアルバムが生み出されるという皮肉。ピアノのビル・エヴァンスがはじめて結成したレギュラーグループによる演奏。メンバーは、エヴァンスのほかに、ドラムスのポール・モチアンと、若き天才ベーシストのスコット・ラファロ。

スコット・ラファロは、この録音の11日後、交通事故で短い生涯を閉じる。享年25歳。私たちは、ラファロに訪れる死を知っている。その不幸に思いをはせながら、この演奏を聴いてしまう。だから、薄幸なベーシスト、ラファロの天才性を語るとき、少し割り引いて評価しなければならないのかもしれない。

でも、やはり彼は天才であり、ジャコ・パストリアスが現われるまで、彼ほど後進のベーシストに影響を与えた偉大なプレーヤーはいなかったと断言しよう。ジャズ演奏において、ベーシストは、4ビートを刻みつつ、ピアノやサックスといったメロディ楽器を下支えするのが仕事である。しかし、彼のベースは、ときにピアニスト以上にメロディアスな旋律を紡ぎ出す。ビートからも解放され、自在にリズムを変化させる。

このようなベースを、ソロのスペースが与えられたときにだけ展開するのではない。なんとラファロは、エヴァンスがピアノでソロをとっている時も、平気な顔をしてメロディを奏でる。それに対抗して、エヴァンスも即興を構成し、ラファロもそれに反応する。これがたぶんビル・エヴァンス・トリオにおいてインタープレイが生み出された真相である。

ビル・エヴァンスのピアノについては、いずれ別の作品を取り上げた時に語りたいと思うが、ジャズ・ピアニストとしての特質は、何よりもその音、サウンドにある。よくクリスタルのような響きだと言われるが、音が尖がっていて、冷たい。

このアルバムで、最も人気がある曲は、"Waltz for Debby"だろう。愛らしいテーマ。後に、歌詞が付けられるほどの覚えやすいメロディ。白人であり、眼鏡をかけ、銀行員のような風貌。神経質そうに鍵盤を見つめ、音を選びながら、ピアノを弾く姿。そこから生まれる繊細な音。そのようなエヴァンスのイメージにぴったりの演奏である。

しかし、このアルバムで圧倒的に素晴らしいのは、1曲目に収録されている"My Foolish Heart"である。この曲では、ひたすら原曲に近いメロディが奏でられる。なので、一見わかりやすいが、この曲ほど恐ろしいピアノトリオの演奏はないと言ってしまいたいくらい、凄い演奏なのである。

通常、即興演奏というのは、瞬間・瞬間に浮かぶアイディアをもとに、メロディを展開させていくものである。その延長線上で、リズムも変化させることはある。しかし、エヴァンス・トリオが試みているのは、緊張と弛緩の「即興」である。

この曲は、張りつめたピアノの和音で始まる。不作法な聴衆に怒っていたのか、演奏前にわがままなラファロと口論したのかは定かではないが、とてつもない緊張感を伴って演奏は始まり、3人だけの冷たい世界が現出する。この緊張を持続させたまま最後までいくのではなく、途中、気持ちが解放される瞬間、ラファロやモチアンが緊張をさらに高めていこうと仕掛ける瞬間がある。3者の意図がぶつかり合いながら、演奏が形作られていく。

普段、気さくで楽しい人が、実は心に深い闇を抱えていた。そんなことを知ってしまったときに抱く怖さに、この演奏は似ている。エヴァンスという人は、クラシックを含めたピアノの演奏芸術において、極限の高みまで達してしまった人なのではないかと思う。それは、師ともいえるマイルス・デイヴィスとの出会いと、天才ラファロの存在があってはじめて行き着けた境地だった。

その後、ラファロの幻影を追い求めて、エヴァンスの長い長い旅が始まる。この旅が終わりを告げるのは、エヴァンスが自分自身の死を意識して新たな境地で演奏をするようになったときなのだ。

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